リアルすぎる神奈川塾講師の転職口コミブログ!

40代なかばまでに4回転職を成功させた現在は、地方の中堅学習塾に勤務しているSarutahikoによるブログです。どうして4回も転職したのか、いかにして180万円の年収を550万円にまでアップさせたのか?塾業界への転職をご検討中のみなさんに勇気と有益な情報を提供できれば幸いです。また、塾業界で力を発揮したい皆様におすすめの求人情報、転職サイト等も紹介しています。

5社目:生徒の募集、営業がメイン!若くてノリが良い大手学習塾へ

「営業」メインの学習塾 求める人物像は・・・結構幅広いですよ!

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塾業界では、ある程度の年齢に達すると「経験者」を優遇して採用します。 20代から30代前半くらいなら・・・ 「未経験者」でも採用の間口は広がっています。生徒募集がメインとなる学習塾なら「営業」の経験もいきてきます。

 

35歳以上になると・・・ 経験値を重視し、即戦力、あるいはポテンシャルを秘めた人材を積極的に採用します。 不安になっちゃった人・・・いらっしゃいますか?でも、安心してくださいね(笑)。

 

例外もありますよ?大学院や資格試験挑戦組はその学びの経験から優遇されることもあります。また、外国語の翻訳の経験者(イタリア語・ポルトガル語の専門家の同期もいました)、経営コンサルタント、人とかかわる「営業」での実績がある方は優遇される場合があります。

 

40代半ばや50代以上でも・・・採用される方を数多くみてきました。 企業は多様な職務経験をもった人材を探しており、既存の社員との「補完」的な関係が築けると考えれば、積極的に採用に乗り出します。

 

大きな企業では、高いレベルで「均質化」を目指しつつ、「多様性」も取り入れるということをやっています。色々な血を外部からとりこんで「進化」することも企業の側面の一つです。

 

ポテンシャル?学歴もしょぼいし、中退だし・・・自信ないなあ・・・・という人も安心してください。 その理由なんですが・・・ 面接担当者は「におい」をかぎ分けるプロです。業界の「水」にあいそうな人なら一瞬で採用にふみきります。何人も大学中退している人も見てきてます。中には某工業系国立大学の教室長もいましたよ? 先ほども述べましたが・・・

 

同期には50歳以上の方もいらっしゃいました。 また、昨年度までご一緒させていただいた講師は60歳で幸せな定年を迎えることができました。昔は怖い先生と恐れられていましたが、とても可愛がってもらいました。会社によっては「年齢にこだわらない」ところもありますから、粘り強く、あきらめずに、日々研鑽してチャレンジしてみてください。

 

個人の学習塾で半年間という短い期間でしたが、1クラス20人、集団授業の「経験」をした私は、次なる新天地をハロ―ワークで探しました。ハロワの求人は、個人経営の会社が多いイメージでしたが、たまたまなのか、慢性的な人材不足なのかわかりませんが、9月という年度途中にもかかわらず、大手学習塾の求人を探し当てることができました。

 

電話で面接のアポイントを取ると即、学科試験という流れ。文系科目を教えたいと伝えると、英語と国語の筆記試験がありました。公立高校の過去問レベルだったと思います。

 

試験が終わると、ちょっと怖そうな40代半ばの、塾講というよりは「自動車学校の教官」といういでたちの採用担当者が登場。 「これから、研修あるけど・・出てみる?」 と、突然聞かれ、「はい!」と私が答えると、「じゃあ、荷物もってついてきて!」とトントン拍子で物事が決まっていきました。

 

これって採用決定なのかな? と不安を感じつつも、キレイな若い女性にビルの三階の教室まで案内され、嫌な気はしませんでした(笑)。

 

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「営業」メインの学習塾 授業研修はいきなり始まる!

 

そこには20人近くの中途採用候補者が、長机の上にカバンをおき、パイプいすに座って、研修が始まるのを待っている様子でした。 一次面接,二次面接,最後に役員面接・・・みたいなものを想像していたのですが、中途採用にはそんなまどろっこしいシステムは存在していません。いきなり研修スタートです。

 

この会社の授業スタイルは「大声・スピード・遊ばせない」というもの。個別に発問を行い、テンポ感とスピード重視を重視しています。 何より「元気さ」がうりの体育会系。教室には「情熱なき講師は去れ!」という文字が書かれた紙が張り出されていて、ちょっとビビったのをおぼえています。

 

その研修はユニークで、学習塾においてある「長い黒板消し」を説明する、というものでした。10年以上前の記憶なので、細部は異なるかもしれませんが、再現してみると・・・

 

「この長くてね、プラスチックと布でできた物体、なんて言うか知ってる?」

 

「これね、黒板消しっていうんだ!じゃあ、みんなで言ってみよう、黒板消し!」

 

「この黒板消し、良いところが3つあるんだよね。一つ目が、長い。二つ目が、軽い。三 つめが早く消せる。覚えた?じゃあ、言ってみよう、一つ目が・・・!」

 

とにかく大きな声を出せ!と言われ続けました。週2回呼び出され、2週間で研修終了。交通費と時給はしっかり支払われました。そして、すぐ配属先が決まりました。

 

研修の体育会系のノリにひく方もいらっしゃいましたが、若い仲間がたくさんいて、活気があることがとても新鮮で、すぐにその雰囲気に順応していくことができました。

 

最初に配属されたのはマンモススクール。当時、生徒数が550人いたと思います。 この教室には、統括エリア長、ブロック長がいて、その他に社員が6人。大学生のアルバイト講師も5人いました。まさにドル箱教室でした。

 

統括エリア長は常に、「リストが命!」と連呼していました。 在籍生の兄弟姉妹、過去に季節講習に来た体験生のリスト。これを社員に手渡し、一丸となって電話営業で入塾をプッシュします。

 

「抵抗」を感じる方もいましたが、当時の上司の方たちはホメるのがとても上手で、勢いにのりながら「楽しんで」営業電話をかけていました。 最初はむずかしくそうに見える「営業電話」ですが、マニュアルがしっかりしているので、だれでも結果が出せます。

 

進学の実績も好調でしたので、保護者の方も我々の営業電話にも好意的な印象でした。会社に必要とされている「自己重要感」が高まり、自信がもてるようになりました。 今考えると・・・ いきすぎた「電話営業」という側面もあったことはいなめません。

 

無許可で深夜にチラシを投函することは迷惑行為にあたります。同業他社からノンモラルといわれてしまうのも言いわけの余地はありません。 でも、当時のわたし(たち)は状況が厳しいときも「笑い」を忘れずに、明るい雰囲気と「勢い」にのりながら他教室より早いスピードで目標達成していきました。

 

うまくいっている教室の雰囲気、生徒と講師間の良好な関係などを肌で感じることができました。 エリア内の会議では、営業を頑張った先生は表彰され、うまくいった方法は社員全員で共有しました。上からのトップダウンというよりは、ボトムアップで「こんなのやってみました!」的は社風でした。

 

「結果がともなえば何でもやって良い。責任は上司がとる」という社風でしたから、私も暗躍できたかもしれません。 この会社は、知力よりも体力勝負のところがありました。授業後、みんなで広告チラシを折り、深夜にポスティングをした事も良い思い出です。

 

本音はつらかったですが・・・楽しくやる「ノリ」や雰囲気が当時はありました。 チラシの反応率が下がっているご時世で、費用対効果も少なく、昭和の営業スタイルと揶揄されることもありますが、ある種の「根性」がつくことと、目標達成のための「一体感」が実感できました。

 

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