リアルすぎる神奈川塾講師の転職口コミブログ!

40代なかばまでに4回転職を成功させた現在は、地方の中堅学習塾に勤務しているSarutahikoによるブログです。どうして4回も転職したのか、いかにして180万円の年収を550万円にまでアップさせたのか?塾業界への転職をご検討中のみなさんに勇気と有益な情報を提供できれば幸いです。また、塾業界で力を発揮したい皆様におすすめの求人情報、転職サイト等も紹介しています。

6社目:「授業力」と「給与」が魅力!ついに東証一部上場企業の学習塾へ

いざ、年収600万を目指して!

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 年収600万?嘘くさーッ!? アドレナリン分泌しまくりの企業研究

私の友人に新聞屋さんの正社員がいました。 小学校時代からの幼なじみで口八丁手八丁の人たらしです。当時、年収600万円を稼ぎだしていました(前職の教室長時代の私の年収は360万)。今ほどインターネットが普及していなかったので、新聞の契約がとりやすかったみたいです。

 

塾講師引退を考えていた私は、この友人のコネで新聞配達のアルバイトという職をゲットしました。 もし、「適性」があるならば・・・「高収入」という下心があったのです。

 

この友人も転職回数は多く、高校を卒業後、歯医者の受付事務、鉄道会社系列の物流サービス、老舗のカバン屋さん、個人経営の花屋さんなど転々としていました。ある日、この友人は私にびっくりするような「」を語ってきました。

 

「隊長(⇠わたしのあだ名です)、俺、貯金600万円たまったから、学校行こうと思うんだ」

 

「600万って・・・すごいね。マジで?何の学校いくの?」

 

「歯科技工士・・・就職率96%(当時の数字です)。手に職つけたいんだ、俺!」

 

夕刊の配達を速攻で終わらせると、あいた時間はいつもパチンコに興じていた、当時のくさった私。パチンコに勝利し、良い気分でお店の駐車場で、配達用のカブにまたがって缶コーヒーをすすっていた私に、友人は大きな衝撃を与えました。

 

「いいじゃん!すげーよ、この年から学校行くの。よくそんなにお金たまったね。もしダメだったら、俺が骨拾ってやんよ!」

 

お互い転職回数も多く、似た者同士。「共依存」のような関係性にあった幼なじみの「夢」の告白に、素直に応援できない自分を発見し、嫌になりました。帰宅して、いつものように夕飯を食べたのですが気分がソワソワして落ち着きません。

 

次の配達の時間まで、あと5時間。

 

ベッドに横たわりながら人生における自分の立ち位置や目的に疑問を抱くようになっていました。 「自分は何をやりたいんだろう・・・?」 携帯の転職サイトを眺めるんですが、ついつい学習塾関連の求人に目がいってしまう。自分がまだ塾業界に未練があることに気づきました。

 

次の瞬間、ある求人が目に飛び込んできました。 それはダメ元で履歴書を送って書類選考で落ちてしまった、大手学習塾の求人でした。やはり、給与が高く、会社組織もしっかりしている様子。

 

深く息を吸い込み、ゆっくりと息を吐き出すと、こんな言葉が私の心の底からわいて出てきました。

 

「やっぱり、ここしかねー!俺、ここに入社して、人生逆転させてぇー!」

 

年収例を見るとその会社の給与水準は信じられないくらい高かったのです。月給に年2回の賞与を足すと、初年度でも税込みで年収460万くらいになる。さらに役職があがると、年収550万、600万と給与が上がっていく。

 

塾講師で年収600万っっ !? 嘘くさーーッ!

 

※賃金を見るときは、「平均値」だけでなく「中央値」「最頻値」、できれば「分布全体」の様子がわかる資料が手に入ると、会社の正確な給与実態がわかりますよ?

 

※統計を見るのは大切だけど、平均値だけじゃわからない、ということがたくさんあるから気をつけましょうね。

 

※ちなみに・・・「中央値」は、全体の真ん中の順位の人の数値のこと。「最頻値」は、最も当てはまる人が多い数値のことです。

 

大切なことだから、もう一度確認しますね。

 

平均を知るのは大切ですが全体の分布を知ることが大切ですよ?でも・・・今では、そういった数字のからくりがわかっているのですが、当時、貯金残高が底をついていた私は 「年収600万円欲しい~、絶対欲しい~!(嫁とマイホームもほし~い)」 と、お金教の信者と化していましたので、ライバル塾の「高い給与」での求人募集に一瞬にして心を奪われました。

 

幸いでしたが、この会社の給与規定は嘘・偽りはありませんでした。 心拍数が増し、しずかな部屋にいると自分の心臓の音が聞こえてくるようでした。布団の中でソワソワしだすと、いてもたってもいられなくなりました。闇(病み?)から脱却!

 

しくじり転職人生もこれで終わりだ~~~! そんな思いでベッドからすくっと立ち上がったのでした。

 
年収600万?嘘くさーッ!? アドレナリン分泌しまくりの自己PR書作成

 

一度落ちた会社だけど・・・一か八か、履歴書を送ってみよう! 履歴書の自己PR欄は以前作成したものを、再度練り直す必要がありました。自分の「本気さ」がどれだけ伝えられるかがカギでした。魂をこめた書類送付状の作成をこころがけました。

 

五感が研ぎ澄まされ、アドレナリンが体内を駆け巡る感覚をおぼえながら、この会社の「企業研究」を行いました。会社のホームページを開き、社長のあいさつや、経営理念を何度も読み返します。すると、この会社が求めている「人物像」が浮かび上がってきたのでした。

 

「この会社、「営業」まったくしてないじゃん、「授業力」に特化した会社じゃん!」

 

前回の職務経歴書の中で私は「生徒の数を増やすこと(=営業)」ができることを最大限にアピールしたのですが、会社の理念に全く合わない主張をしていたことに気づいたのでした。私は履歴書の自己PR欄に以下のようなことを、全神経を集中させて「熱」をこめて書きました。

 

これまでの自分をまるごと捨てる覚悟です。ゼロから御社で学ばせてください!

 

そして、「営業」ばかりに意識がいって、「生徒の成長」「教務力の向上」「他のスタッフのサポート」には意識が散漫になっていた過去を恥じました。

 

書類送付状にも、職務経歴書にも手直しをいれ、近くの神社にお参りに行って、書類選考が通過するように祈りをこめて、深夜の郵便ポストに投函しました。 落ちたときは大抵、1週間から10日間くらいした後に、こんな書面とともに履歴書などが返送されてきます。

 

「今回、応募された書類を弊社で検討したところ・・・残念ながら・・・今回の採用は見送らせて頂きたく存じます。貴殿のこれからの・・・」

 

しかしながら、今回は早かったです。3日くらい待った頃だったと思います。採用担当者から突然連絡がはいり、1次試験の案内をされました。来年度の人員に不足が出たのか、1月という応募したタイミングも良かったのか?書類選考通過の電話を頂いて、台所でひとりガッツポーズをしました。

 

ついに・・・Fラン、一部上場企業の面接にこぎつけました!長年の「苦労」と「努力」の成果をすべてぶつけるチャンス到来です。